肥大型閉塞性心筋症に対する新規治療薬(カムザイオス)について
近年、HOCM(肥大型閉塞性心筋症)に関する講演会や症例検討会が増加している背景には、新規治療薬カムザイオス®(一般名:マバカムテン)※の国内導入を見据えた製薬企業の戦略があります。
カムザイオスは、心筋ミオシンATPアーゼの活性を選択的に抑えることで、心筋の収縮力を調整し、左室流出路(LVOT)の閉塞を改善する作用を持つ新規ミオシン阻害薬です。
HOCMの診断法そのものは、現時点で大きな変化はありません。
診断の中心は心エコー検査であり、心室中隔の肥厚、収縮期前方僧帽弁運動(SAM)、LVOT狭窄の有無を確認します。
安静時または負荷後のLVOT圧格差を測定することが、重症度評価と治療選択において重要です。
従来の治療では、β遮断薬やシベンゾリンといった陰性変力作用をもつ薬剤が第一選択とされてきました。
特に日本ではシベンゾリンが広く使用されており、非侵襲的にLVOT圧格差を改善できる点で評価されています。
しかし、症状が残存する場合や薬剤で十分な効果が得られない場合には、PTSMA(経皮的中隔心筋焼灼術)や外科的中隔切除(Morrow手術)などの侵襲的治療が検討されてきました。
カムザイオスは、こうした従来の治療法に代わる、あるいは補完する新たな選択肢として期待されています。
海外で実施されたEXPLORER-HCM試験やVALOR-HCM試験では、NYHA分類の改善、運動耐容能の向上、外科的治療の回避率向上などが示されており、疾患修飾的な治療薬としての可能性が評価されています。
日本循環器学会もこうしたエビデンスをもとに、主に中等症以上(心不全症状があり、左室駆出率55%以上でLVOT圧格差50mmHg以上)のHOCM患者に対してカムザイオスを提案しています。
「非侵襲的に症状を改善したい」「手術を避けたい」「既存薬ではコントロール不良」といった患者像に対して、疾患修飾薬という明確なポジショニングを打ち出しています。
また、心エコーによる適応判断や効果モニタリングが必要となることから、処方医のeトレーニングや施設認定制度を含めた運用設計も進められています。
価格が高額となるため、薬剤の価値を理解したうえでの適正使用が重要です。
製薬企業としては、ガイドライン改訂への働きかけ、医師への啓発活動、経済性評価を通じた保険収載の推進など、多方面から戦略的に準備を進めています。
今後、HOCMの治療アルゴリズムは変化していくと予想されます。
薬物療法の選択肢として「従来薬に加えてカムザイオス」という新たな軸が加わることで、HOCM治療における非侵襲的アプローチが広がっていく可能性があります。
これは患者さんにとっても、我々医療者にとっても、大きな転機となるのではないでしょうか。
当院でもHOCMの患者さんが数名保存的に治療中で外科治療ができなかった高齢者もいらっしゃいますので、患者さんにとっては大きな福音となると思います。
※心筋の収縮及び弛緩は、サルコメア内のアクチン及びミオシンのクロスブリッジ(架橋)形成に依存しており、ミオシンヘッドがアクチンと強く結合するクロスブリッジを形成し、エネルギーとしてアデノシン三リン酸(ATP)を消費して心筋を収縮させます。
HCMのサルコメアでは、過剰な数のミオシンがクロスブリッジを形成する(動員される)ことにより心筋の過収縮が生じると考えられています。
カムザイオス®は肥大型心筋症の病態生理を標的とする心筋ミオシン阻害剤であり、ミオシンとアクチンのクロスブリッジ形成を抑制することで、心筋の収縮力を減弱させ、心筋のエネルギー消費を抑制する新規作用機序を有する低分子化合物です。

上記イメージ及び文書はルブリストル・マイヤーズスクイブ株式会社のHPより作成